宗教・思想・哲学

2009年9月16日 (水曜日)

物事の判断基準

物事の判断基準

言葉というものは便利なようで、度を超すと逆に観点が不明瞭となり弊害を齎し不便な代物となる。

学者に識者に専門家と世間的に頭の良い人と云われる或いは思われる人たちは次々に言葉を生み出しシンプルなものを難解にさせ言葉遊びに興じたがるが、本質はシンプルであり単純明快なものだ。

理論を百万遍並べようと現実に理論は追いつかないのが歴史的にも証明されている。

人間、食って寝て子孫を遺し未来に繫げ人間という種を繁栄させる為に、単なる生命活動をしているに過ぎない地球の一生物である。

宇宙から見れば芥子粒にも満たない人間如きが、未成熟な言葉と理論で人間社会という生命活動を虚飾に満ちた似非言葉と理論で縛ろうとする行為は宇宙生命体から見れば嘲笑ものだろう。

現代の世界に現れている全てが生命の妙であり不可思議な現象であるが、種の保存及び繁栄の為の現象とするならば、生命の尊厳こそが人間としての、あらゆる理論を乗り越えた根本理念ではなかろうか?

本能だけでなく知性と理性を勝ち得た人間の生命活動の基本となるべきは生命の尊厳という崇高な理念に基づかなければ個としての人間だけでなく宇宙という生命体の中の地球という生命体の滅亡をも招きかねない。

宇宙という生命体から見れば芥子粒ほどの地球の死滅など何程の事もなかろうが、地球という生命体から見れば人間という癌にも似た異色生命体は地球という生命体を脅かす駆逐すべき病原体と見なされ地球という生命体としての個を護る為に、また星としての種を護る為に人間は地球により駆逐されるかも知れない。

人間は驕る事無く、種の融和と地球生命体の融和を図り、異色生命体として、地球生命体の一部として地球生命体の融和と繁栄に寄与しなければ人間としての種の保存と繁栄は儚き夢として消え失せ滅亡の道を辿るしかなくなるだろう。

人間よ知能に驕るな!人間よ理性に目覚めよ!人類の未来は地球生命体の融和を図ることでのみ補償される。

ひとりよがりごとのつぶやき

詩とも、つぶやきとも云えない前記文章だが、情報過多の現代に於いて言葉に惑わされないように、物事の判断基準として私が自分に戒めている理念であるが、未成熟な人間である以上、間違いも犯す事も多々ある。

しかし、間違いを認め修正出来る事が人間の善なる処で、それが成長となり人間という個としての生命体の特権でもあると思っている。

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2009年8月14日 (金曜日)

新国立追悼施設の建設‥信教の自由と政教分離と法律の有耶無耶さ…

民主党の鳩山由紀夫代表が政権を獲得すれば新国立追悼施設の建設に取り組む考えを表明した事で、票欲しさの似非保守系と暇なメディアが選挙の争点などと吼えているが、信教の自由と政教分離の観点から宗教色を廃した新国立追悼施設の建設は当然の事である。

似非保守系も似非ウヨもA級戦犯合祀以来、天皇陛下が御怒りになり靖国神社参拝を御止めになった事をどう考えるのか…

信教の自由を謳うなら、多宗教国家日本に於いては宗教色を廃した新国立追悼施設の建設は、より多くの戦没者慰霊に参加する国民を増やし、戦争の悲劇を噛み締め、平和希求の国民意識を高め、それこそ愛国心の向上にも一役を担うのではなかろうか…!

【抜粋】

日本国憲法二〇条

三、国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

日本国憲法八九条

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便宜若しくは維持のため、……これを支出し、又はその利用に供してはならない。

隣国が、どうのこうのの問題ではなく憲法で定められた規定を守るのは政治家・公務員の義務でもあり、在任中は控えるのが妥当だと私は考える。ましてや記帳に際して役職名の記入などは、以ての外である。

信教の自由と政教分離の原則の兼合いを過去の判例は苦慮しているが、国家運営上は政教分離を優先させる事が望ましいとも私は思う。

もっとも、靖国神社が宗教ではなく戦没者の慰霊施設であり宗教法人としての優遇処置を放棄するのであれば話は変わってくるが、そんな事は有り得ないし絶対にしないだろう。

アヤフヤな法律の規定が、信教の自由・政教分離の議論を込み入ったものにさせ政争の具にされる事は許されるべきものではないので、国民の一人ひとりが真剣に考え、自由(信教の自由)だけではなく、規制(政教分離)も充実明記させ、宗教による国家への介入を防ぐべきである。

ひとりよがりごとのつぶやき

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2009年5月30日 (土曜日)

扇動され易い日本の国民性…

扇動され易い日本の国民性にも困ったもんだ……

小泉・竹中極悪改悪のときは郵政民営化・改革のお題目に中身も理解せず扇動され売国の片棒を担がされた挙句、社会保障制度(医療・介護・年金・保険・雇用)崩壊・弱者切捨て政策の末、官僚天国社会を増幅させ、100年に一度と言われる世界同時不況を迎え大企業の業績悪化と共に、改悪で体力を失った日本社会は未曾有の危機に曝されているが、官僚の情報隠ぺいにより国民の危機感は乏しい…しかし、真綿で首を絞めるように確実に日本崩壊への道程を歩み進んでいる。それでも尚‥自民党政治と官僚は自己保身の為に天下り先を増やし無駄遣いに明け暮れ、日本崩壊の速度を早めるべく腐心し、国民を騙すべく目先の中身の無い政策で扇動し政権に縋りつこうと足掻いている…それに国民の半分が扇動され騙されている現状は如何に長期政権の弊害が大きいかとも言える…困ったもんだ‥…

禁煙運動に於いてもしかり、癌に為り易いとか婦人病に罹り易いとか統計上立証されてもいないのにマコトシヤカニ情報操作され扇動され喫煙者を悪人・犯罪者の如く仕立て上げ社会的に差別しようとしているが‥喫煙の害と云えば肺気腫に為り易い事ぐらいであり伏流煙に於いての統計上の数字は何も出ていないのが真実である。なのに喫煙者は人格まで否定され出世にも影響するとは笑い事では済まされない…!とかく最近?の日本人は西洋文化は新しく正しく見習うべきもの‥日本文化は古くて間違いも多く西洋文化を見習い正して行くものと錯覚しているだけに、西洋で珍しい事が起きると理解もせず真似ようとする癖がある…だから、猿とか馬鹿にされるのである…悔しいではないか‥!

メタボ検診制度も厚労省の思いつきで始まった統計上の数字も確証も無い出鱈目な制度で、世界でも?マークの付くバロメーターである。ウエスト85センチ以上だと不健康で病気に為り易いという統計上の数字も立証も無いまま国民を嘘で扇動し何をしようというのだろうか…?老人医療を切り詰め虐め、長生きしては社会の邪魔とばかりに追い込み、片や嘘八百のメタボ対策で長生きしろ‥と言っても理解に苦しむばかりである。官僚は余程暇を持て余していると見える。

最近ではマスク着用である。店先からマスクが無くなるという現象は異常としか思えない…そんなに大勢がインフルエンザに罹っているのか???…国内ではウン百人程度と発表されているが売れたマスクの数は途方もない数字だろう…マスク万能信仰である。そもそもインフルエンザに於いてマスクはインフルエンザに罹った人が他人にうつさない為には100パーセントではないにしても‥ある程度効力は有るが、うつらない為には効力は無いのである。国内需要引き上げの手助けには為ったかも知れないが…笑える話である。厚生労働大臣もメディアもマスク着用を呼び掛けるぐらいだから国民がマスク万能信仰に陥るのも無理は無い…。

日本人には物事を正しく見つめ考え検証するという癖が人一倍必要なような気がするのは私だけだろうか…?

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2008年9月 4日 (木曜日)

これって宗教弾圧じゃないかな?

2008/9/4木20:40配信読売新聞にて、【抜粋】民主党の管代表代行は4日の記者会見で、公明党の支持母体である創価学会の宗教施設を選挙活動に不当に利用しているケースの有無を調査する考えを示した。菅氏は「調査の結果、不当と判断すれば、何らかの対応をしなければいけなくなる」と述べた。石井一副代表は「創価学会の宗教施設に『監視隊』を置き、ビデオや写真で人や車の出入りを記録に取ることも考えている」としている。

と、上記のような記事がネットで目に入ったので、記事にする事にしたのだが、とんでもない社会問題が凝縮されているように思う。

宗教施設を選挙活動に不当に利用」「不当と判断すれば、何らかの対応」「宗教施設に『監視隊』を置き、ビデオや写真で人や車の出入りを記録」と、勢いに任せてとんでもない発言をしているのだが、信教の自由と宗教弾圧と政教分離と公職選挙法と選挙運動と選挙違反とその他色々とあるのだが、法律に抵触するのは、どちらかという問題になる。

こんな権限を逸脱した高圧的な脅迫が政治政党に許されるならば、信教の自由も政教分離の範囲内の選挙運動も宗教団体には許されないという事になる。創価学会だけでなく数ある各宗教団体も、支持政党もあれば個人候補者に対しての支持母体である事も有る。

オームのような犯罪集団ならば司直・その他の手による監視などは許されるだろうが、一宗教団体に対して政党の脅迫と監視という圧力は法的に許されているのだろうか?

私なりに公職選挙法・政教分離・信教の自由と思想信念の自由と、賢くない頭をフル稼働させて調べてみたが、管・石井の両副代表の言と意図が、どう考えてみても正しいものとは思えない。

次は思想信念の自由も弾圧され国家に服従する以外、自由に物を言えない社会が来るかも知れない。

私は自由に生きてきたから弾圧される事を、殊更に嫌う処が有るので公平な判断に欠けているかも知れないが、自分なりには正しいと思っている。

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